広島県神楽競演大会

第48回広島県神楽競演大会

平成30年10月21日(日) 場所:広島サンプラザホール

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第48回広島県神楽競演大会 演目紹介

9時10分9時30分四方祓阿坂神楽団北広島町(阿坂)

9時35分10時10分伊吹山横田神楽団安芸高田市(美土里町)

 日本武尊は、東国平定の途中、相模国の走水において海難に遭います。その時、最愛の妻弟橘姫は、海神の怒りを鎮めるために自らの命を犠牲にし命の危機を救いました。その後、尊は無事、東国を平定し、伊勢国に帰り愛しき妻弟橘姫の御霊を祀り思いを寄せる毎日を送っておりました。
 しかし、そこへ都より帝の使い韋駄天権内が伊吹山の鬼人を征伐せよとの勅命を持って駆けつけました。勅命を受けた尊は権内とともに舞楽行脚の者に姿を変えて伊吹山へ向かいました。そして、伊吹山に着いた一行は、自らは舞楽行脚の者だと名乗り鬼人へと近づき、鬼人らは尊の舞楽を肴に酒を飲み始めました、そして尊は、酒宴の最中、剣舞を披露し、隙を見て斬りかかり戦いとなりますが、大鬼人の妖術にかかり尊は危機に陥ります。しかし、その時、尊の弟小串命が弟橘姫の神霊より賜った御幣をもって駆けつけ、尊の危機を救い、再び大鬼人へと立ち向かい見事大鬼人を征伐するというお話です。

10時45分11時20分鐘馗津浪神楽団安芸太田町(津浪)

 中国唐の時代 終南山のほとりに住んでいた鐘馗という青年が 官吏の国家試験に落第して憤死しましたが その後及第の栄誉を受けたので感激してその霊が朝廷の守護神となりいつしか疫病払いの神として祀られるようになったという伝説があります。
 神楽では 素戔嗚尊の化身であり鐘馗大神と名乗って 民の命を奪おうとする異国の疫病の悪鬼を退治するという物語です。
 左手に持つ丸い輪は 悪病の払いに用いる茅の輪で 姿なき鬼神をこれでとらえ 右手の剣で征伐するという意味があります。

11時27分12時02分滝夜叉姫宮崎神楽団広島市安佐北区(白木町)

 平安中期 平将門は坂東に於いて、朝廷にそむき乱を起こすも朝命を受け将門成敗に向った藤原秀郷、平貞盛に討ち取られ無念の 最期 さいご をとげる。将門の娘 五月姫は父の無念をはらすべく貴船の神に願をかけ満願の夜 貴船の神の 荒魂 あらみたま より妖術を授かり名を滝夜叉姫と変え 下総 しもふさ 国は、 猿島 さしま 郡、岩井の地に帰り多くの手下を従え朝命にそむき近郷を荒しまわる滝夜叉姫征伐の勅命をうけた、大宅中将光圀、山城光成と共に坂東に向い滝夜叉姫の館に攻め込み、 陰陽 おんみょう の術をもって滝夜叉姫の妖術を破り見事成敗する。

12時09分12時44分熊襲阿坂神楽団北広島町(阿坂)

  人皇にんのう十二代、景行天皇の第二皇子・倭男具那命は、九州一円に強大な勢力を持って朝廷に背く川上梟帥征伐の任を受けて九州へと向かいます。時あたかも川上梟帥の館では新築祝いの宴が催されていました。倭男具那命は女としてその宴に紛れ込み、川上梟帥に近付き、彼に酒を勧めながら期を待ったのです。宴も佳境に入ったその時、倭男具那命は忍ばせていた剣を取り出して川上梟帥を討ち伏せました。
川上梟帥は「大和において、あなたより強いものはいない。これからは「日本武尊」と名乗ってください」と言い残して絶命する。日本武尊の武勇伝です。

13時00分13時35分八岐大蛇加計高校芸北分校北広島町(川小田)

 天照大神の弟 須佐之男命が高天原から出雲の国に降りられて斐の川の上流に至りますと足名椎,手名椎という老夫婦が姫を中にして嘆き悲しんでいました。命がその訳をきくと老夫婦は「8人いた姫を八岐の大蛇に次々と7人奪われ,今唯1人残った櫛稲田姫も捕らわれる時期が近づいている」と事の次第を話し,姫と共に助けを求めました。命は大蛇を退治し姫を助けることができたなら,姫を嫁にもらうことを老夫婦と約束し,大蛇の好む酒を造らせ毒を入れ準備をして大蛇の出現を待ちました。やがてたなびくむら雲にのって現れた大蛇に毒酒を呑ませ,酔った大蛇を大格闘の末見事に退治し櫛稲田姫と結ばれました。古事記で有名な「八岐やまた大蛇おろち」の物語を神楽化したものです。

13時42分14時17分土蜘蛛原田神楽団安芸高田市(高宮町)

 大和の国は葛城山に棲む土蜘蛛の 精魂 せいこん は、源頼光が病に伏している事を知り、頼光の 侍女 じじょ 胡蝶 こちょう に身を変え、毒薬を 典薬 てんやく の頭の 御薬 みくすり いつわ り頼光に与え取り食らおうとしますが、正体を見破られ 髭切丸 ひげきりまる で切り付けられ葛城山へ逃げ帰ります。騒ぎを聞いた四天王の 卜部六郎季武 うらべろくろうすえたけ 坂田金時 さかたのきんとき は、頼光から 蜘蛛 くも 切丸 きりまる ひげ 切丸 きりまる 改め)の名刀を授かり、葛城山の鬼の岩屋へと向かい、見事に土蜘蛛を退治するという物語です。

14時24分14時59分頼政栗栖神楽団廿日市市(栗栖)

 時は平安時代、 近衛 このえ 天皇 てんのう 七十六代 ななじゅうろくだい 御代 みよ みかど の上に毎夜 うし どき 、東は 三条 さんじょう が森の 彼方 かなた より黒雲が飛び来りて黒雲の中に居る見た事もない 奇妙 きみょう な姿の あたま さる に胴体は たぬき 、尾は へび で手足は虎の「 ぬえ 」という怪物に悩まされる。 源氏 げんじ 直流源 ちょくりゅうげん 三位 ざんみ 頼政 よりまさ 近衛 このえ 天皇に 退治 たいじ せよとの 勅命 ちょくめい たま わり、 みずか らが家臣の 猪早太 いのはやた を連れて向かい激闘の末、退治する物語です。

15時06分15時41分塵輪川北神楽団安芸太田町(加計)

 第十四代仲哀天皇の時代に、異国から日本征伐を企て、数万の軍兵が攻めてきたが、その中に塵輪といって身に翼があり、雲にのり虚空を自由に飛び廻る神通自在の大将軍がおり、国々村里を荒らし、多くの人民を滅ぼしていた。そこで天皇は、天照大神のご神徳と弓矢の威徳をもって、従者に高麻呂を従え塵輪に立ち向かった。激しい戦いのなか天皇の射た矢が塵輪に命中、雲の彼方へ落ちてゆき敵の兵は衰退していった。日ノ本の国の危機を救い、天下泰平、国家安穏、民安全の世を造りあげた仲哀天皇を讃える神楽である。

15時48分16時23分天の岩戸筏津神楽団北広島町(筏津)

 弟神の 須佐之男命 すさのうのみこと の悪行を恐れ、 天照大神 あまてらすおおみかみ が岩戸の中へお隠れになり、世の中が常闇となります。そこで 天児屋根命 あめのこやねのみこと を始め、 八百万 やおよろず の神々が協議の上、岩戸の前で 鈿女命 うずめのみこと が賑やかに舞踊されることになりました。中から大神が少し覗かれたところを力持ちの神、 手力雄命 たちからおのみこと が岩戸を開き、大神がお出ましになり、再び世の中が明るくなるという物語です。

16時30分17時05分紅葉狩大塚神楽団北広島町(大塚)

 狩野の旅にでた 平維茂 たいらのこれもち は、道に迷い 信州 しんしゅう 戸隠 とがくし やま に入り、紅葉狩の酒宴を開き待ち受ける戸隠山の鬼女たちに誘われます。酒宴の酒に酔い伏した維茂の一命失うとなったとき、日頃信心する 八幡 はちまん だい 菩薩 ぼさつ が降臨し救われます。
 一命を救われた維茂は授かった神剣をもって、めでたく鬼女を征伐します。

17時12分17時47分天神吉和神楽団廿日市市(吉和)

 平安時代、 字多 うだ 醍醐 だいご 天皇の代に、菅原道真はその文才を発揮し右大臣となりましたが、左大臣藤原時平らの讒言により九州 太宰府 だざいふ に左遷され、その他で無念の死を迎えました。以来、都では天変地異が続き、おおきな雷鳴がとどろくと同時に宮廷に雷が落ちたのを見た人々は、まさに道真の怨念だと恐れおののいたと言われました。その後、道真は北野神社に祀られ、学問の神様として広く親しまれ各地に天神さんの分社が設けられました。こうした道真の話が、謡曲「雷電」や神楽「天神」となったであろうと言われています。